叛逆の兆しの外枠の物語です。
兆しの続きは近々公開予定です! 遅くなって大変申し訳ありません……。
世界は管理者が一つの水槽を、ただ眺め、ただ恋焦がれるために存在し続けていた。
水槽の中では、黄色い魚や、青い魚、赤い魚、桃色の魚と、もはや色の概念すらない魚たちが泳いでいる。
魚たちは群れあったり、話したり、水槽の外にはまるで興味がなかった。それは水槽の外に何があるのかわからない。わかるのは水槽の中がとても幸せでいっぱいということ、そしてその中が全てだったからだ。
けれど、水槽は管理者が見続けるたびに、少しずつ変化していた。そのことを管理者は理科しているのに何もしなかった。無言でただ見守り続けた。
その結果、水槽に生まれた小さな穴がヒビへ変化した。それは侵食するウィルスのようだった。水槽には耐性がないせいか、ヒビはやがて水槽の全てに広がった。
ヒビの先に見えるのは、広い世界、管理者のいる場所だった。魚たちの知らない世界がヒビから見え始めていたのだった。
だがそんな状況になっても魚は戸惑ったり、不安に思ったりしなかった。魚たちにはそのヒビがそもそも見えてなどいなかったのだ。
だからこそ、その先にいる管理者を、その先にある水槽の外にある世界が見えない。
そのおかげもあって、水槽はなんとか壊れずに済んだ。
管理者はその結果に満足しているのか、していないのか、表情を変えない。変えることをしない。
やがて時が過ぎると、管理者が表情を崩し、一瞬だけ笑みをこぼす状況が起きた。
どこからか飛んできた桃色の光が水槽のヒビへ吸い込まれ、青い魚の中に吸収された。それに管理者は目を丸くし、笑みを少しこぼしていたのだ。
その後も光は何度も飛んできた。しかしながら、最初に見えた光と違ってその光は青い魚には向かわなかった。管理者の見る水槽のヒビに纏わりついたのだ。そしてついに水槽を覆う桃色のカバーへ変わった。
桃色の光は管理者がいる世界の更に外側から飛んできているようだった。管理者は水槽を眺めるのを一旦やめて、自分の周りを見てみた。
すると桃色の光がいつの間にか管理者の周囲を、その世界を彩ろうとしていた。
それを見た管理者は――口端をあげる。一瞬しか見せなかった笑みを、今度こそ、管理者はしてみせていた。
水槽を見るために管理者は振り返った――すると音が聞こえた。それは今まで水槽から聞こえてこなかった音、あるいは声だった。
その中心にいるのは青い魚、管理者が最初に光を見た魚だった。
その一匹の魚が水槽へ何度もぶつかり波紋を作り、ヒビを大きな穴へと変えようとしていた。そしてついには崩壊させる。
水槽ははじけ、中にあった全てを桃色に染まりつつある世界に流出させ始めたのだ。
水槽の外へ最初に現れたのは、大きな一匹の魚。それも人の姿をした人魚だった。
人魚は歌を口ずさみ、その手に持った指揮棒を振るった。その指揮に従うように水槽の中にいた魚たちも、次々に水槽から飛び出し、世界に溶け込むかのように消えていった。
人魚の奏でる曲は、まるで誰かへと向けた鎮魂歌のように冷たく哀しいものだった。人魚の顔も、同じように寂しげな表情をしていた。
その演奏が終わると――水槽の中には、肉のない一匹の魚だけが残った。
そして管理者だったはずの存在は、どこにももういなかった。
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