
まどかではなく、さやかがアルティメットになっていたらという世界
※次回以降も修正しだい、随時アップロード予定
何かの音が聞こえて、
「……ん」
私は目を覚ました。横に目を向けると、
「すぅ……はぁ――」
まどかが寝息をたてながら寝ていた。
楽しい夢でも見ているのか、穏やかな表情をしている。
枕元の時計は午前十時を指していた。
いつ眠ったのか記憶がなかったけれど、
「……!」
顔を一度叩いてみると、昨夜の記憶が少しだけ蘇ってきた。
今日は土曜日だから、確かまどかは私の部屋に泊まることになったんだ。何にしてもまどかは泊まった気がする。再会できた友だち、自分の代わりになった親友。それが目の前に現れたのだから。そうしない理由は他にないだろう。
「……」
せっかくの休日なのに、憂鬱になりそうだった。
昨日聞いた話は、今ひとつ信用できない。説得力がほとんどない。
でも、美樹さやかがこの世界に現れたという事実を考慮すれば、あながち嘘にも思えない。その存在に殺されかけたという事実もある。
「……はぁ」
仮に『美樹さやか』も存在できる未来が作れたのだとしたら、彼女が子供の姿でいるはずがない。少なくとも彼女は過去に捕らわれ、やり直したいとは思っていなかった。だから、あれは美樹さやかであってもただの概念なのだろう。
身体を起こし三回ほど頭を左右に振って、思考の輪から外した。二度寝できる気分ではないし、これ以上一人で考えても答えが出るとは到底思えなかった。
そういえば、
「……?」
ベッドの上に何かが足りない。
「……美樹さやか?」
一緒に寝ていた記憶があるのにその姿がない。寝相が悪くて地面へ落ちたというわけでもない。
「……外?」
なぜか――この部屋から出ていったようなそんな感覚がする。
美樹さやかの気配は部屋の中にないし、その可能性は高い。でも、いったいどこに行ったんだろう? 他に行くあても予定もないように思える。彼女は力を渡しにきたのなら、私たちと別行動するのはその趣旨と外れている。
何をいったい美樹さやかはしようとしているのだろうと考え始めていた私は、自然とベッドから足を出そうとしていて、
「ほむらちゃん!」
ふいに名前を叫ばれた。
「えっ?」
一瞬驚いたけれど、その声の主はさっきと変わらず寝ている。
ただの寝言か……と、落ちかけていた布団をまどかにかけなおして、美樹さやかの後を追うために、部屋から出た。
どこにいったのだろう? と考える間もなく見つかった。
「……」
美樹さやかは公園のベンチで足をぶらぶらさせながら座っていた。
私のマンションから歩いて五分の距離にある公園。一応この街で一番大きい公園だ。その公園の入り口近くにあるベンチにいた。
パッと見であれば、ただの子供にしか見えない。見た目幼稚園児、やっていることもそう。人によっては、構って欲しい子供に見えなくもない。
ゆまの世話をしている杏子は、案外そう思っているのかもしれない。
そんなことを考えていると口元が一瞬緩んだ。
「……ふぅ」
深呼吸すると緩んだ表情を無表情に切り替えた。彼女とはそういう話をする関係でもないし、そういうことをするために追ってきたわけでもない。
「……ここにいたの?」
近づいて声を発すると、美樹さやかがこちらを見た。
「なんだ、付いてきたんだ。あんたにはまどかの側にいて欲しかったんだけどな」
美樹さやかは視線を合わそうとしなかった。しないというよりは、私の後ろの何かを見つめていた。その目は何か大切なものを眺めているようでもあった。
「……隣座るわね」
私は美樹さやかの回答を聞くよりも早く座り、美樹さやかが見ていたものを探った。
「……なるほどね」
すると、すぐに上条恭介と仁美の姿を見つけた。この公園のちょうど真ん中の歩道を歩いていた。
そういえば、最近上条恭介と仁美が付き合い始めたのをまどかに聞いた覚えがある。
「……あの二人が見たかったの?」
このまま二人が歩道を歩き続ければ、このベンチの前を通過する。となると、最初から二人を見るために美樹さやかがここで待っていた可能性が高い。
「別にそういうわけじゃないよ。ただあたしがいなくなってから、大丈夫かなって心配になってね。まぁ見ればわかるけど、心配する必要はなかったね」
美樹さやかの顔を覗きこむと我が子をみるような優しい目をしていた。
「仁美だから、何も心配せず恭介を任せられる。だから、これはただのあたしの確認ごとだよ。あたしが出来なかったことをちゃんと出来てるかってね。それが心残りといえば、心残りだったかもしれない……そう思うと転校生が言う通りかな」
耳を澄ますと二人の話す声が聞こえてきた。
「あれ、あの娘。どこかで見たことがあるような……?」
「どうかしましたか?」
「いや、あそこにいる青髪の娘なんだけど、どこかで見かけたような気がするんだ。そういうのってたまにない? 僕だけかなぁ……。隣にいるのは確か同じクラスの暁美さんだっけ?」
上条恭介はそう言うと、右手でおでこに触れた。上条恭介が言うその少女を発見した仁美は、
「まぁ、上条くんは幼い子供に劣情を感じてしまうのかしら」
と、口を隠すように上条恭介を睨み付けると、恭介は慌てるように胸の前で両手を振るった。顔は少し赤みを増した。
「ち、違うよ! 何言ってるの!」
「本当ですの?」
仁美は笑顔で言葉を返した。でも、普段聞く仁美の声とトーンが違い、低かった。
「当然でしょ、だって僕が好きなのは志筑さんだけだし、それに志筑さんは幼くもなく決して子供っぽい性格じゃないでしょう? どちらかといえば、逆だね。うん。大人っぽくてすごく上品で……」
その言葉を聞いた仁美が今度は顔を赤く染めた。
「もうやめてください! 人がいるところでそういうこと言わないでください!」
と、仁美は両手を上下に振るった。
「あはは、ごめん」
上条恭介が一度仁美の方を見つめるとその手をつかみながら、
「たださ」
視線だけを美樹さやかへ移して言葉を続ける。
「ただ?」
それに釣られて仁美もこちらを向いた。
「懐かしい気がしたんだ。自分に足りない何かを見つけたよう感じ」
その言葉を聞いた仁美の目が大きく開く。
「うーん、そうですか。私も実は同じ事を思っていましたの。何かが今の私に足りないような感じですけど、それが何だかわからないのですが」
「あはは、そうなんだ。やっぱ似たもの同士なのかもね。僕ら」
「それってどういう意味ですか? やっぱ、幼い子供が好きっていう……?」
「も、もう、それはいいからさ!」
仁美の手を強く引くと、上条恭介は青髪の少女の前、もとい私の前を抜けて走り去っていった。すれ違いざまに仁美がこちらに会釈をしたので、頷き返した。
その二人が公園の入り口を右折して完全に見えなくなると、
「美樹さやかはこれでいいの?」
と尋ねた。美樹さやかは一度ため息をはくと、
「……いいんだよ。あたしよりも仁美が適任。きっと幸せになってくれるはず、仁美はほんといい娘だしね」
その言葉と違って、表情は曖昧な笑みだった。
「……あなたがそう言うのなら、私はこれ以上何も言わないわ」
視線を公園の入り口へ向け、再び美樹さやかへ振り返ると、そこにもうその姿はなかった。
ただそこには、先ほどまでいたという確かな温もりと、
『ウルドの声は、来週末にくるよ』
という幻聴のような言葉だけが残っていた。
部屋に戻った私は、ソファーに座りながらまだ眠たそうに目蓋をこするまどかに軽い挨拶をした。まどかは寝ぼけながらもきちんと返してくれた。
そして、一緒に昼食を簡単にとった。本当はまどかが何かを作ると言ってくれたのだけど、結局電子レンジで簡単にできる冷凍食品にした。
昼食では美樹さやかが上条恭介たちを見ていたこと、そして私の前からいなくなったことを伝えた。まどかは驚いた様子だったけれど、美樹さやかが納得していることを伝えると、安心したのか笑ってくれた。
ただそれでも気になるのか、まどかは昼食を食べ終えると『さやかちゃんを探してくるね』と言って外に出た。
「……よし」
私はというと、杏子たちに会うことにした。
スクールバッグの中をあさり滅多に使わない携帯電話を探す。
電話をかけず、巴マミのマンションに行けば今なら杏子たちは戻っているだろうけれど、念の為だ。入れ違いになっては手間がかかる。
手っ取り早く情報を伝えるには、会うのが一番。
ようやく見つけた携帯電話に登録されている番号に発信すると、
『もしもし、ゆまだよ』
電話に出たのはゆまだった。ゆまの携帯電話へかけたのだから、当然なのだけど。
「ふぅ――」
ゆまに杏子たちが戻っているかどうかを問いただすと、
『キョーコたちはね――』
一度巴マミの部屋に戻った杏子たちは買い物に三人一緒に出て、部屋にいないということだった。しかも今は別行動中らしく、近くにその二人はいないようだ。
「わかったわ、そっちに行って直接捜すわ」
『うん、わかったぁ』
そう言って、私は電話を切った。杏子がいる場所となるとだいたい見当がつく。
なら早い方がいいと、携帯電話をスクールバッグへしまい、一度深呼吸をしてから、部屋を出た。
目的地はデパート。
デパートに着くとすぐにたこ焼きが売っている地下の売店へ急いだ。本当は魔法によるテレパシーをすれば確実でいいのだけど、するよりも行った方がはやい気がした。
その予想は外れず、杏子はゆまと一緒に売店横にあるベンチでくつろいでいた。急ぐ必要も特にないのでゆっくり近づくと、
「よぉ、遅かったな」
たこ焼きを美味しそうに食べながら私の姿を見つけた杏子がそう言う。ゆまの口はたくさん口に入れたせいなのか大きく膨らんでいた。ハムスターみたいと思いつつ、
「待っていてくれたの?」
と杏子の問いに答えた。
「いや、別にそういうんじゃないけど。ゆまをあまり一人っきりにするのもよくないって思ってさ」
杏子がゆまの頭を優しく撫でた。
「えへへ」
ゆまの方も拒もうとせずそれを受け入れ、微笑んだ。大きく膨らんでいた頬は、食べ終えたのか萎んでいた。
「で、何か用事があったんじゃないのか?」
視線をゆまに向けながら杏子が話す。詳しい説明は不要と考えたので、
「えぇ、そうね……。美樹さやかによるとこれから上級のしかも最悪な魔獣がこの街にくるらしいわ」
と、はっきりとした口調で告げる。簡潔でわかりやすく。
「えっ?」
わかりやすいと、思った。ゆまを見ていた優しい目が大きく見開かれ、こちらを見つめてきた。
「今なんて?」
声が震えている。それを不思議に感じたのか、ゆまが見上げ始める。私は確かめるように、
「上級のしかも最悪の魔獣?」
杏子が首を横に振る。
「それじゃぁ――」
その単語を続けていった。
「『美樹さやか』かしら?」
その名前を発した瞬間、杏子が目を閉じ、
「さやか……、確かそいつは……前に聞いたな。なんだっけな、さやかか……」
単語を呪文のように連呼している。
「そう前に話した人の話よ。だけど、まどか……いや私たちのために帰ってきたのよ。それは一時的なものなのか、一生なのかはわからないし、美樹さやかが魔法少女なのか、人間なのかはわからないわ」
どうして言い直したのかはわからない。言わなければならない、そんな気がした。
「じゃぁ、何なんだよ」
爪楊枝を片手に不満そうな顔をこちらへ向けられ、
「そうね、……神さまかしら」
表現としては曖昧だけどそれらしい事実を伝えた。
「神? そんな存在いるわけないだろう。そうじゃなきゃ、アタシはこうはならなかった。親父はああはならなかった。家族があんなふうにはならなかったさ。そういう存在さ。神ってやつはさ。ひどく残酷なことを……する奴さ。救いなんてありゃしない。それが神ってやつだろ?」
そう言って、杏子は昔を思い出したのかうつむいた。
杏子が言っていることがわからないわけじゃない。魔法少女になる前の私は思い出したくもないくらい弱くて、泣き虫で小さい人間だった。
だから自分に絶望した。神さまを恨んだ。
だけど、
「それでもよ。そうならなきゃいけないわけがあったのよ。だからこそ、美樹さやかは神さまになった。でも……、それは本来別人だったのよ」
元々それはまどかの役目だった。
「ふーん。なぁ、そのさやかってやつはこんな世界を本当に望んだのか? 自分のいない世界ってやつをさ?」
杏子が頭を上げ、私の目を真剣に見つめてくる。
その疑問に対する答えが『イエス』なのか『ノー』なのかはわからない。
美樹さやかについては、私よりも杏子の方がそもそもわかるはずなのだ。だから結論から話そうと思った。結果でしか私は美樹さやかを知らない。
「だからこそ、この世界があるのでしょ。今ある世界は美樹さやかが神になったからこそ――」
「アタシはそいつがそんなことをするようなやつに思えないんだ。でもさ、アタシはそいつのことをほとんど覚えてない。おかしな話だろ? わからねぇのに、アタシはどこかで否定してやがる――、」
私の声を遮り杏子がぼやき続ける。目蓋は細く閉じられ、
「でもアタシはさ、そいつのことがわからない。おかしな話だよな……さやかって言葉は覚えてるのに、それが人なのかわからない」
寂しさを感じているみたいだった。
「仕方ないわ、あなたがいう神はそんなやつなのでしょ?」
責める言い方になってしまったが、他に言いようがなかった。
「……そうかも、な」
たこ焼きの空箱が杏子の手の中で握りつぶされる。
「近いうちに会うことになるわ……」
「ねぇねぇ、キョーコ。はやく帰ろうよ、お腹空いちゃった」
空箱から視線を変えると、ゆまが杏子の手を引っ張っているのが目に入った。この話題からゆまは遠ざけたかったのかもしれない。
……いうことはいった。引き止めるつもりはなかったので、
「そう、じゃぁまた」
「あぁ、悪いな」
二人が売店から去っていくのを見送った。
その後、私は巴マミと合流して上級の魔獣が現れる期日と、その場所を伝えた。
杏子は巴マミと一緒に来るだろう。魔獣を倒しにではなく、自分の中にある記憶の片隅にある『さやか』という言葉を確かめるために。
――あの日以来、美樹さやかはいなくなった。
まどかは結局あの後、美樹さやかを見つけることができなかった。協力して街を探しまわったけれど気配がどこにもなかった。完全に消えていた。
いないのは、神の都合でその日だけだと思っていた。
けれど、次の日も、またその次の日も見つけることはできなかった。
学校に通学してまどかと一緒に美樹さやかの行方を考えてみた。でもそれだけで彼女は見つからなかった。時間だけが進んだ。
だから、私はあの日彼女に会ったのは幻か何かにだんだん思えてきた。
本当に美樹さやかは現れたのか、
本当に彼女は美樹さやかだったのか、
疑心暗鬼は私を襲い続け、眠れない日ばかり続いた。
そして、美樹さやかが現れないまま――その日を迎えようとしていた。
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