
まどかではなく、さやかがアルティメットになっていたらという世界
※次回以降も修正しだい、随時アップロード予定
「……っ!」
その声に耳を傾け、希望を抱きながら目を開いても、風を切り裂く音が聞こえてくるだけで、現実は変わらない。身体が絶望に萎縮し始め、私は再度目を閉じた。
後は――刃物が私を突き刺す感触が襲ってくる……それだけだ。絶望の音が私を深い闇に落とす。
「えっ――」
でも、その音は生まれなかった。聞こえてきたのは突き刺さる鈍い音ではなく、金属のぶつかるような鋭い音だったから。
「助か……ったの?」
目をゆっくり開けると、上空にあった煙は消えて、直前にあったはずの刃物の姿もない。その空の奥にはウルドの声が、『何か』を凝視しているのが見えた。
「何を見ているの……?」
その視線の先に目を向けてみると、屋上に白い煙が立ち込めていた。その煙の一部が晴れると、私に迫っていた刃物と青い長剣が姿を現した。
「Kua?」
その光景が不思議なのか、ウルドの声は嘆き声を上げている。両手には地上にある刃物と同じものが見えた。だから剣風を放てたんだ。
つまり、あの刃物を連続的に射出することも可能……ということ。
「……」
危機が去ったこともあってか、少し頭が落ち着いてきた。身体の震えもなくなってきている。放たれた刃物は……金属音によって阻まれた。つまりこの長剣が弾いた。
ということは、
「あれは……?」
周囲を見つめ直すと、こちらに安堵の顔を二人が向けていることに気づいた。
「……ごめん」
聞こえるか聞こえてないかの声で吐露すると、立ち上がって煙に向かって、
「……遅かったじゃない、美樹さやか」
私はそうつぶやいた。
「ごめん。この状態に戻るのが難しくてね、だいぶ時間かかった。その償いはこれでできたんじゃない?」
煙が完全に晴れると、見覚えのある姿が現れた。
「さ、さやかちゃん!? その姿」
「美樹さやかちゃん、ここに完全復活! という感じかなぁ?」
煙の中から現れた美樹さやかの姿は、私たちのよく知る姿だった。癒しの祈りの魔法を持つ青い魔法少女、その姿だ。白いマントがなびいていた。
「これで安心だね。やっとまどかに力を渡せるよ」
そして変わらない笑顔を見せる。
「さやか、お前!」
叫び声をあげながら杏子が美樹さやかへ槍を向けた。それも勢いをつけて。
「――相変わらずだね、あんたも!」
美樹さやかも対抗するかのように杏子へ向け、足を動かし始めた。手には魔法で取り出したのか既に長剣がある。
「きょ、杏子ちゃん、や、やめてよ! て、敵じゃないんだよ!?」
まどかの声が聞こえているのかいないのか、杏子は槍を頭上で一度回転させるとその一撃をさやかへ貫いた。
「さ、さやかちゃん……?」
それは、左胸を貫いたように見えた。同じように美樹さやかの長剣は杏子の胴体を斬り裂いたようにも見えた。
「本当にあんたは変わらない……な!」
だけど、刺されたはずの美樹さやかは笑っている。杏子も笑っている。
「よかったぁ」
まどかが深呼吸する音が聞こえてきた。
「……そういうことね」
攻撃し合ったように見えた二人は、実際にはお互いの後ろにいた魔獣を攻撃していた。魔獣が迫っていた。ただそれを倒すために二人は動いていただけだった。
私とまどかはそのことに気付かなかった。だから誤解した。それは仕方ないと思う。その魔獣は突然現れたから。それにも関わらず、二人は真っ先に動いていた。
私とまどか見えない前兆がどこかにあったのかもしれない。
「これはあなたがきた影響なのかしら?」
改造エアガンを召喚し直すと周りに目を向けた。周辺にはまた魔獣が生まれ、包囲しつつあった。数は先ほどよりも少ないようだけど。
「うーん、たぶん関係ないんじゃないかな? あるとすりゃ、あいつかな。上級の魔獣だし、エサ撒きぐらいはできるんじゃない?」
そう言って美樹さやかは、その場に大量の長剣を召喚して、回転しながら魔獣に投げていった。
「だからといって、そのエサを素直にあげるほどあたしたちは甘くない。そうでしょ?」
数十本の長剣を投げ終えた美樹さやかが右手を床につけて停止する。
「さやかなのか? アタシの知ってるさ?」
それを見ながら杏子が確かめるように言葉を形にした。
「そうだよ、美樹さやか。それ以外でも何でもないよ。まぁ、ちょっと前までは子供の姿だったけどね。間に合うことが出来たよ。これで力を――」
「あはは、そっか。そうなんだな!」
杏子は左手でお腹を抑えていた。
「な、何よ?」
「いやさ、あれだけ記憶の中が曖昧になって散々気持ち悪がってたのに、実際こうして会っちまえば、もう関係ねぇ。自分が馬鹿みたいに思えて、それに――」
そう言って、杏子は笑顔を美樹さやかに向けた。
「こうして、もう一回会えたんだ。神さまも本当はいいやつなのかもな!」
そして、姿勢を崩し加速すると一気に空に駆けて行った。杏子が昇るために障害だった魔獣が次々に貫かれていく。
「……」
美樹さやかの記憶を取り戻しても、あなたはそうやって自分に言い聞かせるのね。消えてしまった存在、いない存在。それが今ここにいる意味。そして、自分ができることは何であるのかを。
……私だってできることはあるはずだ。
少なくとも、まどかに美樹さやかが力を渡す時間ぐらいは稼げる。
「まどか!」
だから、叫んだ。まどかとの距離を詰め、
「うん! さやかちゃんは……?」
「あたしは、まずあいつの相手をしないとね? ……力を渡すのも当然邪魔してくるだろうしさ」
長剣を再び召喚すると今度は手に取り、杏子と同じように空へ向かった。ただ杏子とは別の空、ウルドの声がいる方へ。
美樹さやかは杏子と同じように、魔獣を踏み台にして進んでいく。
「あんたとは初めましてといったところかな。とはいっても、言葉が通じるとは思わないけど!」
そして同じ空域まで到達するとウルドの声へ、長剣を振りかざした。
「ちっ」
ウルドの声は、無音で両手の刃物をぶつけ返した。
美樹さやかが攻撃すれば、対応するようにウルドの声が手を動かす。逆にウルドの声が攻撃しようとすれば、美樹さやかが応じるように長剣を振るう。
「美樹さやか……」
そんな美樹さやかの動きを傍観するように、私はたたずんでいた。
私の隣ではまどかがピンクの発光色を走らせ、空には青い発光色がある。
「ほむらちゃん……! どうしたの?」
それを不審に感じたまどかが声をかけてくる。
「う、うん」
そう答えても、視線を美樹さやかから離せなかった。
「……」
美樹さやかは時折空を蒼く染め、赤い血飛沫を飛ばしている。金属とのぶつかり合いで生じた光がさらにそれを反射させる。
その姿は見れば見るほど、なぜか安心感と不安感を頭のなかで交差させた。私に戒めを打ちこんでくるそんな気さえしてくる。
「血飛沫……?」
そのことに気づいた時、私は思わず声をあげていた。
美樹さやかには違和感がある。
長剣を振るってはいる。ただ、まっすぐただウルドの声に、
「くぁ、この!」
押す、引く、突く、伸ばす。その動きは、再会した時とは別人だった。それは本人が確かに言っていた通り、昔の美樹さやかそのもの。
「ぐっ!」
今の私でも長剣を振るう、攻撃を防ぐのが見える。見えないのは美樹さやかが距離を取る、距離を詰める際の高速移動だけ。
だけど、それらはなぜ今そうなっているのかの説明にならない。
「どうして――」
癒しの力を持っているはずの美樹さやかが、なぜ血を流して戦っているの?
「美樹さやか……?」
確かに傷はすぐに癒せない。血が流れるのはおかしくない。でも、それは……。
「くっ!」
声を漏らしながら、美樹さやかがこちらへ飛翔してくる。というよりかは、ウルドの声に吹き飛ばされてきたようだ。硬いコンクリートに叩きつけられた美樹さやかは、小刻みに揺れていた。
「やっぱりね……わかってたけどさ!」
長剣を支えにして、ゆっくり立ち上がる。
「あなた……! その傷……」
近くで美樹さやかの姿を見れば、その不自然は現実として決定づけた。
「……ん?」
こちらを振り向いた美樹さやかは血だらけだった。頭に傷を負っているのか口元は赤く染まり、身体の至るところに切り傷が見える。
「なんだ、転校生気づいていたの? なら――」
美樹さやかが笑う。なぜ、あなたは癒しの魔法を使わないの? 神さまであっても魔法少女であってもそれはできるはずなのに。
その疑問を言葉にしようと一歩踏み出すと、
「まぁ、そういうわけだからさ」
と言って、大きく右足で踏み込むと大きく飛翔し、ウルドの声に突撃していった。それに怯んだウルドの声が唸り声を上げる。
美樹さやかは私の後ろに近づいてきていたまどかから逃げるように、
「さやかちゃん!」
まるでここを駆けていったようだった。後ろを振り返ると、
「ほむらちゃん……どういうことなの?」
不安そうな顔を見せながらまどかがそう言った。私たちの周囲に魔獣はいなかった。
残っているのは杏子が戦っている魔獣、そしてウルドの声だけだった。
だから、まどかを見つめ、その問いに答える。
「……あの姿の代償。それが答え……なのだと思う」
きっと意味があることなのだろう。美樹さやかが最初に現れたものとは違う姿。何も意味がないわけがない。でなければ、あの時に力というやつを渡せたはず。
でも、それはできなかった。
つまり、美樹さやかという姿。この姿になることがおそらく条件。そして……そのために弱体化したということになるのだろう。
「それって、じゃ――」
「時間もないし、力もない……。なら、悪いけど!」
そういって美樹さやかの身体は強い発光体となって、ウルドの声の周囲を高速に移動し始めた。
流星のようなその動きは、辛うじて火花が見えるぐらいで実際の動きは見えなかった。美樹さやかの猛攻にウルドの声が対処しているからだろう、音は聞こえてくる。
次にその姿が見えたのは、
「だぁあああああ!」
叫び声と共に、上空から一直線にウルドの声へ衝突した時だった。加速しきった一撃を防ぎきれないのか、
「まどか、距離を取るわ」
ウルドの声は吹き飛ばされ始め、
「う、うん」
私たちは急いで距離を取った。
ここまでくればと振り返った先で、瓦礫の飛び散る音と一緒に煙が舞い始めたのが目に入った。少し遅れていたら巻き込まれていたかもしれない。
「美樹――」
『周りをよく見てからやって』と文句を言おうと口にしながら再び空を見上げると、
「はぁ!」
美樹さやかが空に大量に長剣を召喚していた。そしてそれを一つずつウルドの声が落下した煙の中へ次々に投げ込んでいく。私の声は届いていないみたいだった。
「aaauuugeeeegoooo」
煙が晴れるとウルドの声が仰向けに倒れた状態で呻き声をあげていた。
「動きを封じ……ている?」
美樹さやかの持つ長剣が杭となり、ウルドの声は封じてられていた。ウルドの声は奇声を発しながら、両手足の刃物を動かそうとしていた。その杭は万全なものでないのか、少しずつコンクリートの床から浮き始めていた。しかし、それも青い魔法光によって阻まれる。上から抑えつけ跳ね返すように。
そして美樹さやかが間髪をいれずに空から飛び込んで、
「そや!」
ウルドの声の胸に長剣を突き刺した。
ぶつかった衝撃波が周囲に伝播すると、
「……っ!」
長剣から魔法光が強く放たれ始めていく。その光は触手のように伸びて、ウルドの声を包み込んでいった。
そして美樹さやかが手を放す頃には、ウルドの声は青い魔力光の檻に閉じ込められていた。
「ふぅ……」
動けない魔獣を倒すなんて簡単なはずなのに――美樹さやかは、ウルドの声に背を向けてゆっくり近づいてくる。
「さやかちゃん?」
「やっぱりだめか――」
「どういうことだ……さやか!」
空から降りてきた杏子に、
「まぁ、つまりはお別れがきたってことかな」
静かに別れの言葉を続けた。
ゆっくり杏子の目の前を横切り、こちらへ……まどかの前へ近づいてくる。
「あたしは力を返して、元の場所に帰る。ただそれだけだよ。うちあってわかったよ。あいつとは十分に戦えるけど倒せないってね。この力は、あたしに制御できない。そう、まどか。これはあんたの力だ。あたしが持つべきもんじゃない」
美樹さやかはまどかを真剣な眼差しで見ていた。
その身体からは、まどかと同じピンクの発光色が生まれていた。
「さやかちゃん、本当にお別れなの……?」
「……そうだね」
美樹さやかが笑うと、ただこちらへ一歩一歩近づく。
そして両手を合わせ、ピンクの光の中から『いつか見たあの刀』を引き出した。
「やり方は至って簡単だよ。もう一度、あたしを殺せばいい。この刀であたしを貫けばそれでおしまい。そうすれば、魔法少女『鹿目まどか』が復活だよ」
美樹さやか……あなたはいったいなんてことを幼馴染にさせる気なの?
「この歪んだ世界を元に戻すために……ね。まぁ、その代わりといっちゃなんだけど、この世の中から完全に美樹さやかちゃんはいなくなるってね。あはは、もういないんだけどさ。まぁだから殺さなきゃいけないんだけど、これは別に深い意味なんてないから、まどかは気にする必要はないよ」
「そんなの――」
杏子が息を吸い込むと、
「そんなのアタシが認めるわけないだろ!」
美樹さやかの前へ立ちはだかり、赤い壁を出現させた。
「結界魔法……!」
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