
これにて、LoSは完結となります。
そして槍を床へ突き刺した。
「きょ、杏子ちゃん!?」
結界を張られたら、今の私たちに、
「くっ!」
対処する方法なんてない!
結界は空に連なるよう、大地を刻むように張られており、遥か上空を目指しても迂回しても、無駄な行為に思えた。それぐらい結界は先が見えなかった。
「杏子……」
だから、銃を結界に向けることくらいしかできなかった。無意味な行為なのはわかっている。でも、こうする以外に術がない。
「……嫌なんだよ。あぁ、嫌だね! 何かが欠けてるような状況はさ、神さまなんてものなんでも関係ない。さやかがいる今の世界が正しんだよ!」
杏子が叫んだ。
「その結果として、街が一つなくなっても?」
諭すように美樹さやかがつぶやくが、その目は閉じられていた。
「そうさ、当たり前だろ!」
杏子は美樹さやかに振り向いて、強い口調で言い放った。
「――嘘だね」
美樹さやかはゆっくり目を開け、杏子を見て、否定する。
「嘘じゃない」
「いいや違うね。あたしが知ってる杏子はそこまで弱くない。もっと信念を持って生きてた奴だよ。だから、友だちになれた。なれるはずだったんだ。だからわかるよ」
そう言って、美樹さやかはその場で刀を構えると、居合いの待機状態へ移行し始める。長剣の時とは違う強さをそこに感じた。
杏子がそれを止めようとしたけれど、間に合わなかった。それよりもずっと速く美樹さやかは刀を振りきっていたから。
「はっ!」
その掛け声と同時に居合いが放たれた。結界は綺麗に割れ、突風が吹き荒れる。
「うっ……」
その剣風に耐え私は、まどかの手を取った。
「ほむらちゃん……」
まどかの手は震えていた。
「あたしが知ってるあんたは、もっと人想いだったよ。マミさんと同じようにみんなのヒーローであろうとした女の子。それがあんただよ。いや、女の子はヒロインか。うん、あたしも正義の味方に憧れた。だから――」
「全然ちげぇ! アタシはそんな大それたもんじゃねぇよ。アタシは何も救えなかった。救いたくても何も出来なかった。さやかを救えなかった!」
杏子はもう一度結界をはる気なのか、魔力を集め始めた。
「まどかはこれでいいのかよ、さやかにもう二度と会えなくなっても――」
こちらを振り返った杏子の顔は今にも泣きそうなものだった。
「……あなた馬鹿なの? ……これには意味があるのよ」
まどかがこれを望むわけがない。この手の震えでもわかる。
「ほむら、お前はそうだよな。でもまどかには……さやかを殺せないだろ?」
「それは……」
私の発した威圧感に気づいたのか、杏子が表情を変え睨みつけてくる。結界がない今なら彼女にも攻撃は届く。弱り切った彼女になら当てることができる。当たらなくても当たるまで撃って止める。
多少その手段が気に入らなくても、今は美樹さやかの言う通りにするしかない。これがたぶんまどかに必要なことなのだから。
「だったら、アタシはお前の敵だ。まどかに殺せなくても、ほむらに殺せるなら結局同じなんだろ?」
美樹さやかは答えない。その沈黙は質問の解答にも思えた。
そう感じとったのか杏子は槍を引きぬき、その先端をこちらへ向けてきた。明らかな殺意がそこには込められていた。こちらも銃を背けない。
ここで死ぬわけにも、まどかを殺させるわけにもいかない。
「全てを犠牲にしてでも、さやかを救う。だから――」
獲物を狩る人の目を、
「――邪魔をするな!」
杏子はしていた。
「……はぁ」
ため息が出る。杏子の気持ちが痛いほどにわかる。今の杏子はかつての私――認められない現実をつきつけられた状態に過ぎない。
「全てを犠牲にするなんて無駄な行為よ」
だからこそ、そう言い切れる。神さまの力は止められない。絶望は、絶望にしかならない。なら、最後は認めるしかない。
結局のところ私が今の私でいられるのは、まどかが消えなかったからなのだろう。
だから、美樹さやかの気持ちを裏切ることは、私には出来そうもない。それを認めてしまえば、まどかがいなくなってしまう気がしてならない。
なら、私がすることは決まっている。
「そんなんやってみないとわからないさ、現にあんたはそこから一歩もこっちに近づけない、そしてこれで無理だ!」
十分な魔力を確保したのか槍から魔力光を発すると、杏子の前に再度結界が召喚されていく。杏子の後ろにいる美樹さやかは、依然として反応しない。
「……私たちを防いだとして、後ろのそれはいったいどうする気なの?」
今は動かないが、いずれ動くだろう。現実にウルドの声は小刻みに動き続けている。それと連動するように胸に刺さった長剣も動いている。
残り時間はもう少ないと、思っていいだろう。
「それもやってみればいいだけのことさ……」
そう言う杏子は辛そうな顔をしていた。
「……ありがとう。杏子。でも、もういいんだ」
美樹さやかが杏子の肩を叩いた。
「ありがとうって……! さやか! あんた! いなくなっちまうんだぞ? もう何もできない、しゃべったりもできないんだ! そんなの……、そんなの悲しすぎるだろ! だから、アタシが……、アタシがずっとそばに居てやるよ!」
杏子が美樹さやかを抱きしめるのが見える。
「もう、決めちゃったんだ。いまさら計画変更ってのは無理かなぁ」
「さやか、傷が治らないせいか! だったら――」

杏子の口を無理やり奪う形にして、遮った。その口が離れると、
「……さ、やかあっ」
杏子はゆっくり美樹さやかに覆いかぶさるよう倒れた。そして結界も塵のように静かに消えた。
「あんたは幸せになっていいんだよ。あたしは十分に救われたよ。あんたにね。だから、あたしを全部忘れて」
美樹さやかは動かなくなった杏子を抱きしめると、ゆっくりと地面に寝かせた。
「……美樹さやか、あなたはいったい杏子に何をしたの?」
「はぁ全く……見せものじゃなかったんだけど? そうだね……簡単にいえば、記憶の削除かな。あたしという人間のね。いずれ仁美や恭介からも消えるよ。その準備は終わってるからね。だから――」
そういいながら美樹さやかは鞘から刀を取り出し、
「なっ――」
ゆっくり自分の胸に刺した。
「さ、さやかちゃんどうして!?」
私たちはその側へ急いだ。
「こうしないと、いつまで経っても魔力の継承ができないんだよ。それにこうするのはまどかが辛くないようにするにも一番だしね?」
「で、でも――」
「大丈夫、痛くないから。言ったでしょ、ここにいるあたしは……、あたしであっても……あたしではないって……、ほんとのあたしはもういないんだよ」
「さや、かちゃん」
「――美樹さやかはいない。ここにいるのは名前もない存在」
美樹さやかの身体の傷には、ピンクと、青の光がある。
「……まどかに力を戻す。そう、そのためだけの存在なんだよ」
そしてその言葉を最後にゆっくり膝から崩れ落ち、まどかに抱えられた。
「さやかちゃん!」
確かに美樹さやかからは、もう血は流れていなかった。まどかは心配しそうに何度もその傷口を見た。
美樹さやかが自分で差した刀は、奥深く背中までしっかりと貫通していた。斬り口もなくそれは美樹さやかの身体にあった。最初からまるであったのかもしれないぐらい違和感がなかった。そういう認識をもしかしたら与えているのかもしれない。
なんたって美樹さやかは神さまなのだから。まどかに不快な思いをさせたくないという心情があるのかもしれない。
「大丈夫、そんな顔……すんなって、あたしは元々いない。そんな世界に……戻るだけさ。認識できるのはまどかと転校生だけ……になっちゃうんだけどさ」
美樹さやかが杏子に優しい眼差しを送った。美樹さやかの身体は魔獣が消滅するように徐々に掠れ始めていた。はじめは、足先。そして、太ももと進んでいく。
「さやかちゃん……! 忘れないよ、絶対にわたしたち忘れない! ずっと一緒!」
「あぁ、それでこそまどかだよ。あたしが親友と……、呼べるね――」
「あっ……」
一瞬だけ美樹さやかの身体が透けたように見えた。だけど、それは一瞬ですぐに元に戻った。
――まどかに力を戻す代償は、この世界からの消滅なんてわかっていた。
なんとなくこうなることは、あの時にあった時点で気づいていた。
一度いなくなった存在が居続けることがありえないなんて、考えるまでもない。それは私にとってはどうでもよくても、まどかにとっては大事なことだった。
だからこそ、私は無茶をしなければならなかった。
「……」
美樹さやかがいう神の名前を持つ上級の魔獣。力を失った私がウルドの声を倒してしまえばそれだけで、美樹さやかの力を渡す理由がなくなり……ここに居続けることができると思った。
だけど、結局無理だった。美樹さやかは、今消えようとしている。
「さようならだよ、転校生。あんたにもだいぶ迷惑かけたね?」
「……いえ、違うわ、美樹さやか。いいえ、さやか。あなたはずっと一緒なのでしょ?」
そう……まどかの中にずっと居続ける。
元はまどかの力かもしれないけれど――さやかが存在したという証として生き続ける。
「そうだったね、あんたもこの力を受け取れば……。ううん、本当はあんたにも受け取ってもらいたかったのかもしれない。だからこそ、あんたの力を見たかったんだ」
『うっ』と声をさやかが漏らすと、一瞬だけ苦痛の表情を浮かべた。
「痛みはないはずなのに身体はなぜかそういう反応をしちゃうんだよね。あはは、条件反射は困っちゃうな。湿っぽいのは嫌で笑っていたいのに――」
「……」
まどかがその手を握った。
「ずっと一緒だよ、さやかちゃん。わたし一人だと心細いからほむらちゃんも一緒にその想いをもらうよ」
「そ、うだな。そうしなよ。転校生の力の減少具合は致命的だったよ。だから意味がある。あ、たしが消えたら、この刀を抜くんだ。それで終わりだよ」
その言葉を境目に進捗は進み、
「うん、うん!」
さやかは上半身だけになった。
「だから、笑ってさよならだ」
「うん!」
まどかが笑う。私も笑うと、
「ははは、じゃぁあとは……頼んだよ、まどか」
さやかも笑った。
「――ほむら」
その言葉を最後にさやかは消えた。この世界から、美樹さやかという少女を知るのは私たち二人だけになってしまった。
「さやかちゃん……」
まどかは立ち上がるとさやかがいた場所に残された刀を引き抜き、こちらに視線を向けた。刀にはいつの間にか鞘が形成されていた。
さやかが自身を貫いていた時にはなかった。それがこうしてあるということは、
「……ほむらちゃん!」
一度頷くと刀の柄をまどかの手を刀越しに掴み、タイミングを合わせ一緒に鞘から刀を抜いた。
「「はぁ!」」
抜いた瞬間鞘と刀は消え、まどかと私は手を繋いでいた。刀越しではないまどかの温もりがある。
「これは……?」
まどかは大きな力……、元のまどかが持っていた魔力の気配が、私にもそのまどかの力を受け継いだように脈動を身体の奥底から感じる。
魔法少女の力が変わりつつあるのがわかる。
「まどか! 目が!」
まどかの左目が蒼かった。それはさやかが持っていた同じ蒼海のように澄みきる色。その瞳が私を見つめていた。
「ほむらちゃんも同じだよ」
「……そうだね」
なんとなく感じていた。私は同じように引き継いだのだから。試しに魔力を込めてみれば青い魔力が右手に、紫とピンクの魔力が左手に集まってきた。
「……」
リボルバーを魔法空間から取り出すと弾倉に魔力の流れを向け、リロードしてみた。今まで以上のスピードで弾丸にそれは変わった。弾倉に入りきらない摩力は溢れだし私の身体へ自然に戻る。その流れは無限に近く、繰り返された。これなら、倒れることもない。使い切ることもない、そう感じた。

左右にリボルバーを構えると、
「uojjaglajlgajamaajlmla」
ウルドの声が雄叫びを上げ始めた。よく見るとさやかが構築していた結界の光が点滅して消えかかっていた。もう抜けるまで時間はないようだ。だから、すぐにリボルバーを一旦魔力空間に戻し、
「ほむらちゃん」
結界の光が消える前に杏子の元へ近づき、
「うん」
その身体を抱え上げ、まどかの側へ運んだ。
「あそこで横になってもらえば、安全じゃないかな?」
そう言いながら、まどかはこの屋上に出るための扉を指さした。
「そうね」
それを最良と判断した私は、そこへ急いで移動すると杏子を寝かせた。
「……」
その寝顔は無表情だった。ただ、目元から涙が溢れているのだけ見えた。
「あなたが忘れても私たちが覚えているわ。だから安心して眠っていなさい」
それをまるで待っていてくれたのか、後ろで瓦礫の崩れる音がした。振り返らなくてもわかる。ウルドの声が結界から抜けたのだろう。
なんとなくそれが身体の奥から感じられる。
だから、振り返らずその位置へ、リボルバーを召喚し撃ち込んだ。
「これで終わりってことはないでしょう」
後ろを振り返れば魔力弾は斬られていた。その残骸が空を舞っていた。魔法で飛び跳ねると、空から攻撃を開始した。
「……いける!」
循環する魔力が、今の私を包み込んでいてくれる。
私の弾丸を、両手両足の刃物で全てを切り裂くウルドの声が見えた。
「それで回避したつもり……?」
弾は六発。リボルバーの装填数はそれだけしかない。けれど、この循環していく魔力なら――、
「次!」
ただの一発だけで私の力を誤解してもらっては困るわ。この弾は三人の力。さやかから引き継いだ力はこんなもんじゃない。
私は足を動かすと二発、三発とウルドの声の隙をつくよう撃ち込む。
「また……か」
弾は当たることなく同じように斬られていた。ウルドの声が放つ剣戟はこちらへ当たらない。撃ちながら移動する私の動きを追いきれていないから。
私の予測移動地点へ放つ一撃がきても、それは見て回避できる。それだけの力が今の私にはある。
さて――これで六発。左右合わせて弾丸は撃ちつくした形になる。
「……」
それと同時に私は動きを停止した。リロードする必要のため。
「!」
それを見たウルドの声が距離を詰めてくる。好機と判断したのだろう。先ほどの私ならそれで対処は完璧。死という名の鉄槌を打ち込むことができるだろう。
だけど、数分前の私とは別人。そう易々と対処できるはずがない。
「ふふ」
思わず笑みがこぼれてしまう。
「ほむらちゃん?」
まどかが心配そうに声をかけてくる。まどかの魔力を感じたので、それを制するよう右手を横にのばした。目の前の脅威は、脅威でないから。
「大丈夫。さやかにもらったあなたの力はこんなものじゃないわ」
そう何もリロードするために止まる必要はどこにもない。意識せずとも、勝手に弾丸を作ることも可能だ。
だけど、私はウルドの声の攻撃を、
「……!」
迎い入れた。激しい金属音と共に衝撃が身体全体に響く。その影響でコンクリートの床が少し沈んだ。でも、たったのそれだけだった。
魔法で強化されたリボルバーがしっかりと刃物を押し合う形で防ぎきっていた。
これはあくまでも確認。そのために、あえてこの一撃を受けた。
「まどか、私が隙を作るわ。だから、ラストをお願い。とびきり最大で最強のを」
「うん、わかった!」
後ろを振り返るとまどかは目を閉じていた。さやかの特徴的な衣装であった白いマントが風になびいている。青とピンクの光がまどかから溢れでるのを見て、前に向き直した。ウルドの声は奇声を上げながら、私にのしかかってくる。
「そのまま動かないと、あなた死ぬわよ?」
その声が届いてるのか届いていないのか、変わらずこちらへと押し付けてくる。
「はぁ、こうしてまどかを待つというのは……だから」
魔力を足に込め、ウルドの声を蹴り飛ばす。
「何も私は無駄に弾をあなたに斬らせたわけじゃないのよ?」
空に漂う斬られた魔力の残骸を再び弾丸に一つ一つ変えていく。
「……さて、問題よ。今空にはいったい何個弾があるのかしら……?」
私の後ろに凄まじい魔力を感じた。それは一撃必殺のまどかの弓矢。かつて、私たちを苦戦させたワルプルギスの夜を倒したその一撃。
これならば、この神の名を持つ魔獣、ウルドの声は蒸発できる。
仮に回避できたとして、私の無限に近い弾丸が狙うだけだわ。
「さぁフィナーレと行きましょうか?」
ウルドの声を倒し終えると、私たちは魔獣を倒し続けていった。
そして――オッドアイの天使が悪魔を倒しに来るといううわさになった。
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